スリランカにおける雨量等データの自動収集・豪雨等の
予測計算・情報伝達のシステム構築
― 日本の高度な科学技術を活かしたリアルタイムの防災情報 -

1. 2017年5月にスリランカ国で発生した豪雨災害

2017年5月24日、スリランカ国南部および西部地域で降り始めた雨は、25日午後 9 時には激しさを増し、翌 26日午前9 時までその状態が続きました。結果的に、この12 時間 で 500mm を超える雨が降りました。今回の降雨現象の再現期間は推定約 200年、Kukula ダム地点の最大流量はおよそ1400m3 /s でした。

この、これまでに経験したことのない激しい雨によって、スリランカ国南西部を流れるKalu川流域を中心に大規模な洪水・土砂災害が発生し、同国全体で300名を超える死者・行方不明者、18,000戸を超える家屋被害が報告されています。(2017年6月3日現在、スリランカ国政府の発表による。)

今回の洪水被害を受け、日本国政府はスリランカ国政府からの要請に基づき、短期および中長期の視点における効果的な洪水対策および地滑り対策のための技術的な助言を行うことを目的に、2017年6月2日から11日にかけて国際緊急援助隊を派遣しました。この援助隊は、洪水管理、土砂災害管理、水資源、洪水予測、リモートセンシングなど各分野の専門家 10 名から構成され、ICHARMのMohamed Rasmy Abdul Wahid 主任研究員も一員として参加しました。

2. スリランカ国に対する支援の概要

更なる洪水被害の発生が懸念されるスリランカ国では、今後、日本の高度な科学技術を活かした防災情報が有効と考えられることから、データ統合・解析システム(DIAS*1)を研究開発してきた東京大学地球観測データ統融合連携研究機構(EDITORIA*2)と、洪水観測、予測研究を推進しているICHARMが協力して、同国におけるリアルタイム洪水予測等、以下のような情報提供を試行的に実施しています。これらにより、同国での効果的な洪水対策に活用してもらうこととしています。

EDITORIAとICHARMによるスリランカ洪水支援の概要図

2-1. 降雨予測情報の提供

現在、一般的に行われている天気予報は地球全体の天気を予報する全球予測モデル(GCM)や領域を限定した領域予測モデルを用いている。しかしながら、天気の変化は不確実性が大きいことから、これに対処するためには10~50個の複数の予報計算を、それぞれわずかに異なる初期値から開始して複数の予報結果を導く「アンサンブル予報」が提案されている。GCMを用いた全球アンサンブル予報の研究は我が国の気象庁にも20年の歴史がある。一方、洪水予測に威力を発揮する領域アンサンブル予報は、近年、欧州を中心に研究が進み、現業でも使われ始めている。

今回のスリランカでの豪雨災害に対して、3日先までの豪雨予測・情報を提供してきたが、ICHARMでは既存の計算機器の高度化・容量拡大を行うことで最大16日先までのアンサンブル降雨予測を効率的に実施し、EDITORIAの支援を得てDIAS上に実装しスリランカ国に提供することとしている。

領域アンサンブル予測を用いた洪水流出予測のイメージ
●:観測データ、青線:予測データ
(複数の異なる予測を同時に行うことにより、洪水の確率的予測が出来る)

2-2. 地上観測降雨データ及び衛星雨量観測データを用いた雨量情報の提供

効果的な洪水対策を行うためには、各地に雨量計を設置するなど、地上での降雨観測体制を構築することが必要である。しかしながら、アジア地域の多くの国では、予算や人材不足などの理由によって、十分な体制が構築されていない場合が多い。

スリランカ国のKalu川流域では、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の降水観測ミッション(PMM)及び環境監視プロジェクト(SAFE)の下で、東京大学、ICHARMと同国かんがい局(Irrigation Department)が協力して、既に6か所のリアルタイム雨量計が設置されている。このように各地点で1時間ごとの地上観測による降雨データがリアルタイムでDIAS上に蓄積されており、これらの地上観測降雨データと、JAXAが提供する衛星観測雨量データとを組み合わせることによって、雨量情報を提供することが可能となっている。そこで、観測から4時間遅れで提供される、高精度の準リアルタイムの衛星観測雨量データ(GSMaP_NRT)について、地上観測降雨データを用いて補正を行うことで、より精度の高い雨量データの利用が可能となる。なお、補正にはJAXAが開発したGSMaP-IF2を用いている。また、降雨概況の把握は即時性も重要であることから、JAXAがリアルタイムで提供する衛星観測雨量データ(GSMaP_NOW)の利用についても支援を行う。

地上観測雨量データを用いて衛星観測雨量データを補正することにより精度の高い雨量分布を把握

2-3. ひまわり8号による可視画像情報の提供

現在、日本国の気象庁とEDITORIAが協力し、DIAS上でひまわり8号によるアジア太平洋域の雲の分布情報をリアルタイムで10分ごとに提供している。これは広域的な雲の分布についてアニメーションで表示されることで、雲の流れや成長をリアルタイムで把握することができ、広域的な降雨や洪水の発生可能性について予想することが可能となっている。スリランカ国は観測範囲の西端に位置することから画像のひずみが大きいため、DIAS上で高精度の幾何補正を行うことで、豪雨を引き起こす雲情報を正確に提供している。また、この情報を他の衛星観測データと組み合わせ、雲の影響を除去して氾濫水の流れや広がりなどを把握することが可能となる。

人工衛星ひまわり8号による雲画像

2-4. 洪水予測及び氾濫予測結果の提供

地上及び衛星観測、数値予測モデルによって得られた降雨情報を、ICHARMが開発した降雨流出氾濫(RRI)モデルに入力して、洪水流量や河川水位、流域での氾濫の拡がり、浸水状況について、3日先までの予測を提供している。この結果をDIAS上で可視化して、実際に洪水が発生する前に、その影響範囲の予測、住民避難や水防活動といった危機管理対応に資する情報を提供する。

降雨流出氾濫(RRI)モデルの概念図
洪水氾濫状況のシミュレーション結果

2-5. ALOS-2の緊急観測による大規模浸水範囲情報の提供

ICHARMでは、複数の人工衛星データを用いて迅速かつ広域な洪水マッピングができる、水域抽出アルゴリズムを開発している。特に、雨期でも地表面の観測が可能な全天候型の衛星SAR画像(合成開口レーダ:雨や雲や夜間の影響なし)を用いて、洪水時であっても大規模な浸水範囲を早期に把握することが可能となる。

今回の洪水では、5月30日にJAXAによって緊急観測された高分解能ALOS-2データ画像(6.5m地上分解能)やGISデータを組み合わせて、スリランカ国Nilwala川流域の浸水マップを作成した。こうした観測結果は、現地観測データに照らし合わせて浸水範囲の正確性を高め、氾濫解析予測結果を検証することも可能となる。

ALOS-2により観測された浸水区域図(2017年5月30日)

2-6. DIASによる洪水ハザード情報のリアルタイム提供

2.1~4に記した各種情報は、EDITORIA及びICHARMによって定期的に更新され、DIAS上で公開している情報共有サイトを通じて閲覧できる。これによって、実際に洪水が発生する前に、その影響範囲の予測、住民避難や水防活動といった危機管理対応に資する情報を提供する。

DIASの概念図
DIASによる情報共有

2-7. スリランカ国政府関係機関が行う洪水対策及びそのための人材育成に対する支援

ICHARMでは、UNESCOや世界気象機関などの国際機関等との協力により、国際洪水イニシアティブ(IFI:International Flood Initiative)として、世界各国で洪水対策に関係する機関が連携し協力する体制が構築されるよう支援を行っている。スリランカ国では既に本年1月に気象部局やかんがい部局、災害管理部局などの関係機関によって、洪水対策についての連携・協力を図るためのプラットフォームが確立されており、このプラットフォームを通じて、上記の気象・水文情報が提供され、同国での洪水対策に利活用してもらうこととしている。

また、これらの情報に関しては、今後、スリランカ国内で長期的に利活用されるよう、同国の専門家に対する研修や人材育成を行うことを予定している。

2-8. 今回の支援に関する日本国内及び国際的な達成目標への貢献

こうした支援によってスリランカ国での洪水対策が進展することは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」での「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つである「目標13:気候変動に具体的な対策を」に適うものである。

また、2015年3月の第3回国連防災世界会議で採択された「仙台防災枠組」における「優先行動4:効果的な応急対応のための災害への備えの強化と、復旧・再建・復興におけるより良い復興(Build Back Better)」を実現させる。

更に、2016年1月に日本政府で閣議決定された「第5期科学技術基本計画」で掲げられているように、世界に先駆けた「超スマート社会」の実現(Society 5.0)」に資することとなる。

3. 今回の支援によって期待される成果

EDITORIA及びICHARMによる最先端の研究成果を活かした洪水に関する各種情報がスリランカ国に提供されることにより、効果的な洪水予測や迅速な避難情報の発信が可能となり、洪水による人的被害の軽減、効率的な応急復旧が図られることが期待される。

(*1) DIASとは、Data Integration and Analysis Systemの略称。DIASは、平成18年より開発が始まった文部科学省のデータ基盤の開発・利用プロジェクトで、多種多様かつ大容量な観測や予測のデータを収集、蓄積するとともに、社会経済情報などとの融合を行い、地球規模の環境問題や大規模自然災害等の脅威に対する危機管理に有益な情報へ変換し、国内外に実時間で提供するデータ基盤である。平成22年度にはプロトタイプの開発が完了し、平成27年度に社会的、公共的インフラとして実用化するための更なる高度化・拡張を実施し、平成28年度からは実運用に向け た研究開発が実施されている。

(*2)  EDITORIAとは、Earth Observation Data Integration and Fusion Research Initiativeの略称。東京大学内の地球観測分野、情報科学技術分野、災害や農業などの公共的利益分野を担う部局の研究グループが部局を超えて相互に協力して、地球観測データの統合的利用を研究する組織として平成18年4月に設立された。EDITORIAでは、文部科学省の委託を得てDIASを開発し、不均質な情報源からの多様で大容量の地球観測データを効果的に利用して、地球環境の理解を深め、予測能力を高め、危機管理や資源管理等における健全な政策決定に資する情報を創出している。